“皮剥王”の王国の崩壊: 古代オルクス族社会と外つ神信仰

グリポ・ヤドュリの言伝えには悪戯好きな子供達への忠告以上の真実性は無いとされてきた。しかしエルドゥク・モナの傀儡王国遺跡の十年以上にわたる調査で、この世界で最も怪奇な伝承の歴史的裏付けが取れる可能性が出てきた。最新の研究結果の報告。

TEXT BY RUGS FENT MIRD
TRANSLATION BY TOTUTOTU WOBE
PHOTOGRAPHY BY EDWARD MUSIAK

desert dune trailbiking

「皮剥王(グリポ・ヤドゥリ)はそと面ぎらい ひと剥ぎふた剥ぎまだ足りぬ……」

陽気な調子にそぐわぬ物騒な歌詞から始まるこの童歌を、幼い頃嫌になるほど聴かされた経験がおありの方は少なくないだろう。“グリポ・ヤドゥリの歌”は、連合統治時代に純オルクスたちが奴隷として乙大陸へ連れて来られた時から、阿諛追従が過ぎる者や冷血漢、裏切り者に対する警告詩として、〈王国〉の民に種属を超えて伝えられてきた古譚の一つだ。

グリポ・ヤドゥリは甲大陸のムードァ一帯を支配していたとされる伝説のムードァウ・オルクス最後の王で、外天神話に記述がある荒ぶる亜神・エルドゥクを信仰し、罪人から剥いだ生皮と引き換えに黄金の都市を建設したと伝えられている。やがて王は過度の接神による狂気に陥り、疑心から罪のない民衆や家臣の皮までも剥ぐようになったことで黄金が砂と灰に変わり、王国は一夜のうちに亡びたとされている。

ファースト・アポピスによる支配から解き放たれたオルクスは好戦的な性格で知られ、その王国は大陸北部の古アルヴ諸族とたびたび争っていたことから、グリポ・ヤドゥリは勇王降誕以降のアルヴ支配に対抗するオルクスの象徴的存在として扱われていた。〈王国〉でも、公民権運動末期に台頭した急進的政治組織・皮剥党(シン・グリープ)が、アルヴ社会へのアンチ・カルチャーのモチーフとして盛んに取り上げていたことは有名である。僅か200語足らずの短い詩歌に秘められた抗いがたい血の魔力は、単なる民謡の枠を超えてオルクス人社会全体に強い影響を与えてきたのだ。

失われた資料群と「アルヴのタブー」

しかしその絶大な影響力とは裏腹に、グリポ・ヤドゥリとその傀儡王朝に関する歴史的資料は驚くほど少ない。これは、蟲字筆記が定着しなかったオルクス社会では、情報記録をトリキオンと呼ばれる原始ゴーレムの口述記憶のみに頼っていたことや、連合統治時代、悪名高きガナーデ・アンペルツィアのオルクス文化廃絶政策(ガナーデ・キャンペーン)によって、オルクスが長年継承してきた文化共同体の大部分が破壊されたことに原因を求められる。

「当時の支配者層にとってオルクス文化は恐怖の的でした」と語るのは、連合統治時代に文化指導庁長官の秘書長を歴任した、元エヴォルゴーレム評議会(EGC)代表のエデールホムルス(中枢駆体)。「アポピス治下の暗黒の時代を連想させる彼らの魔術的亜神信仰が、古きアマツミを基軸とした黎明期の魔何学世界を破壊してしまう可能性を恐れたのです」

当時のアルヴ上流社会の神経病質的なマジックフォビアと差別主義の是非は別として、甲大陸中央地帯に存在していた古代外天魔術文明についての研究がタブー視されていたのは否定できない事実だ。独立戦争と世界大戦の混乱を経て〈王国〉で民俗史研究が解禁された後も、散逸し多くは失われてしまった資料の再収集は困難を極めた。

そんな中、注目すべき研究が世界中の考古学界を賑わせている。ビウマク大学と現地の研究機関が合同で行っているエルドゥク・モナの遺跡発掘調査の第一段階が終了し、新たな事実が判明しつつあるというのだ。

謎に包まれたムードァの大カルデラ地帯

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